
カレーの隠し味にインスタントコーヒーを使うひとがいますね。何でもそのほろ苦さがカレーの味を深くするのだそうです。オレが好きなカレーのひとつにもほろ苦いやつがあるのですよ。コーヒーなんか全く入ってないのですが、ほろ苦くてね懐かしい味なんです。
小学生の頃、近所にひとつ年上のシュウちゃんという女の子が住んでいました。ほんとの名前はシュウファとかシュウフォンだと思うのですが、お父さんが香港の人だったのです。ある日曜日にシュウちゃんの家で遊んでいたら、昼時になって、シュウちゃんのお父さんがオレたちにご飯を作るよと言ってくれました。と、いってもお父さんは日本語が話せなかったので、シュウちゃんにそう伝えたあとにオレの顔を見ながらニコニコと微笑んでいました。シュウちゃんはそんなお父さんにひとことふたこと話しかけ、お父さんは「OK」と言いながらキッチンに向かいました。
「パパ、カレー作ってくれるって」
「カレー?」
「うん!パパのカレーすごく美味しいんだよ」
「ボク、カレー大好きだよ」
「わたしも大好き!」
20分くらい待ったでしょうか、お父さんが目の前に出してくれた皿を見たオレは「ん?」と考えてしまいました。カレーの香りはするのですが見た目は中華丼とか八宝菜にそっくりのそれは、オレの知っているカレーとは全くの別物だったからです。おそるおそるそれを口に運んでるオレにシュウちゃんが言いました。
「ねっ、パパのカレー美味しいでしょ!」
「...美味しくない」
「えっ?」
「美味しくないし、カレーじゃない...」
「これ中国のカレーなん...」
「こんなのカレーじゃないっ!」
オレはシュウちゃんの目をそらし、横を向きながらそんなひどい台詞を口にしてしまいました。そして気の強いシュウちゃんのことだから怒って言い返してくるだろうなぁとそっぽを向きながら待っていたのですが、シュウちゃんは無言のままです。そ〜っと見てみるとシュウちゃんは悲しそうな恥ずかしそうな顔をしてうつむいていました。オレはハッとしてシュウちゃんのお父さんを見ると、お父さんは悲しげに微笑んでオレを眺めていました。
オレは「ひどいことをしちゃった」「あやまらなくちゃ」と、すぐ思ったのですが、子供独特の頑固さで「もう帰る」と一言だけ残してシュウちゃんの家から飛び出てしまいました。その後、シュウちゃんやお父さんに会う度に謝らなくちゃ謝らなくちゃといつも思っていたのですが、二人とも全然気にしてない素振りだったのでついつい謝りそびれ、そのうちシュウちゃん一家は香港に引っ越し、オレはそのカレーのことをすっかり記憶の奥底にしまい込んでしまったのでした。
ところがNYのチャイニーズレストランでCURRY CHICKENというメニューを見つけ、何気に注文してひとくち食べた瞬間に思い出してしまったのです。
あぁ、これはあのときのカレーだ...そっか、こんな味だったんだ...シュウちゃんもお父さんも本当はすごく気にしてたよな...何でオレはすぐに謝らなかったんだろう...シュウちゃんゴメン...本当にゴメンな...
えー、これがオレの好きなほろ苦くて懐かしいカレーの話です。